数字が正しければ、判断も正しいとは限りません。松本健太郎『データサイエンス「超」入門』をもとに、製造業の不良率や営業KPIの実体験から、数字の背景を読み、「次の問い」を作るデータの読み方を考えます。
みなさんこんにちは!サラリーマンの大樹です!
会議で数字を見た瞬間、
「原因はこれですね」
と答えたことはないでしょうか。
売上が落ちた。
「営業量が足りない」
受注率が下がった。
「提案力が弱い」
不良率が上がった。
「もっとデータを取りましょう」
数字があると、少し安心します。
感覚ではない。
主観でもない。
ちゃんとデータがある。
だから、その数字から導いた答えまで正しいような気がしてしまう。
でも、仕事で数字を扱うほど、僕は逆のことを考えるようになりました。
数字が出たときこそ、まだ答えを出してはいけない。
正確には、
すぐに答えを出してはいけない。
特にそう感じるのが、製造業のお客さんと仕事をしているときです。
製造業では、不良率は重要な指標です。
不良を減らしたい。
原因を知りたい。
そのために、
「もっとデータを取りましょう」
となることがあります。
設備や工程にセンサーを追加する。
今まで取れていなかった情報を取る。
もちろん、それ自体が悪いわけではありません。
必要なデータなら、取った方がいい。
ただ、そこで僕は違和感を覚えることがあります。
そのデータを取って、何を確かめたいのだろう。
今あるデータから、まだ考えられることはないのか。
現場では、そもそも何が起きているのか。
そこを飛ばしたまま、
「データが足りないから、データを増やす」
となると、本末転倒になる。
センサーが増える。
データ量も増える。
でも、問いが曖昧なままなら、
何を見ればいいのか分からないデータだけが増えていく。
そんな経験と重なったのが、松本健太郎さんの『データサイエンス「超」入門』でした。
この本は、難しい統計手法を覚えるための教科書ではありません。
ニュースや社会にあふれる数字を題材に、
「その数字、本当にそう読んでいいの?」
と問いかけてくる本です。
数字そのものは正しい。
計算も間違っていない。
それでも、人は結論を間違える。
なぜなら数字には、
数字になるまでの背景
があるからです。
この記事で伝えたいことは一つです。
仕事ができる人は、数字から答えを出す人ではありません。
数字から「次の問い」を作れる人です。
数字は、判断の終点ではない。
思考の始点です。
数字を見て、すぐ答える人ほど判断を誤る
仕事では、
「感覚ではなく数字で話そう」
と言われます。
僕も、この考え方には賛成です。
営業なら、
売上。
案件数。
商談化率。
受注率。
単価。
製造業なら、
稼働率。
歩留まり。
不良率。
設備停止時間。
数字がなければ、改善できません。
「頑張っています」
だけでは、どこを変えればいいのか分からない。
だから数字を見る。
ここまでは正しい。
問題は、その次です。
数字が出た瞬間、
原因まで数字の中に書いてあるような気になる。
たとえば、
「受注率が20%から15%に落ちた」
という数字が出たとします。
すると、
「営業力が落ちた」
「提案の質が悪い」
「もっとロープレをしよう」
と話が進むかもしれません。
でも、本当にそうでしょうか。
大型案件の割合が増えたのかもしれない。
商談の定義が変わったのかもしれない。
新規顧客の比率が増えたのかもしれない。
競合環境が変わったのかもしれない。
単純に母数が小さいだけかもしれない。
つまり、
数字が正しくても、数字から作った物語は間違っている可能性がある。
ここが、『データサイエンス「超」入門』の面白いところです。
本書では、政党支持率、若者の○○離れ、貧困、人手不足、地球温暖化など、一見まったく違うテーマが扱われます。
でも、根っこにある問いは同じです。
その数字だけを見て、その結論まで言えるのか。
たとえば、松本さんは大阪都構想をめぐる出口調査についても、年代別の賛否だけを切り取って、
「高齢者が若者の意思を潰した」
というような物語へ一気に飛ぶことの危うさを示しています。
仮に70代以上の反対率が高かったとしても、それだけでは足りません。
年代ごとの人口は何人なのか。
実際の投票者数はどうだったのか。
投票率は同じなのか。
出口調査そのものにどんな誤差があるのか。
そこまで見なければ、
一つの数字から強いストーリーを作れてしまう。
ここで怖いのは、
数字そのものが嘘だからではありません。
本当の数字から、間違った物語を作れることです。
これは仕事でも同じです。
データを使えば仕事が論理的になる。
それは半分正しい。
でも数字を出しただけでは、
まだ論理は完成していません。
数字を見て、
「なぜ?」
と考える。
そこからが本当のスタートです。
データは現実そのものではなく、現実の一部を切り取ったものだ
数字を見るとき、僕が意識したいのは、
「この数字は、現実のどの部分を切り取っているのか」
ということです。
たとえば、
「売上が前年比120%になった」
という数字があったとします。
120%。
一見すると好調です。
でも、市場全体が150%成長しているなら、
実質的にはシェアを落としているかもしれない。
値上げによって売上が増えただけなら、
販売数量は伸びていないかもしれない。
前年に特殊要因があり、
極端に売上が低かっただけかもしれない。
同じ「120%」でも、
背景によって意味は変わります。
顧客満足度もそうです。
「満足度80%」
と聞けば、
高い数字に見えます。
でも、
誰に聞いたのか。
何人に聞いたのか。
どのタイミングで聞いたのか。
回答しなかった人はどれくらいいるのか。
質問文はどうなっていたのか。
そこまで分からなければ、
80%という数字だけでは何とも言えません。
『データサイエンス「超」入門』が扱っているのは、
こうした数字の読み方です。
数字を計算できること。
グラフを作れること。
統計手法を使えること。
もちろん、それも重要です。
でも、それ以前に、
「この数字は何を意味しているのか」
を読めなければ、
高度な分析をしても結論を間違える可能性があります。
むしろ分析技術が高いほど、
間違った問いに対して、
精密な答えを出してしまうことすらある。
これはかなり怖い。
たとえば最初から、
「設備温度が不良の原因だ」
と決めつけて、
温度データだけを精密に分析したとします。
分析自体は完璧。
計算も正しい。
グラフも美しい。
でも、そもそも原因が設備温度ではなかったらどうでしょう。
間違った問いに対する、完璧な分析
が完成します。
だから、
分析精度の前に、
問いの精度
が必要です。
数字は現実そのものではありません。
現実の一部を、
ある条件で切り取ったものです。
その条件を理解して初めて、
数字の意味が見えてきます。

データを増やせば答えが見つかる、は思い込みである
製造業のお客さんと仕事をしていると、
データ活用というテーマはよく出てきます。
製造現場では、不良率は重要です。
不良率を下げたい。
原因を把握したい。
再発を防ぎたい。
そのためにデータを使う。
ここまでは自然です。
でも、その先で、
「今のデータでは足りない」
「もっと情報を取ろう」
「センサーを追加しよう」
という方向へ進むことがあります。
僕が違和感を持つのは、
センサーを付けること自体ではありません。
“何を知るために付けるのか”が曖昧なまま、センサーが増えていくことです。
データを取る。
データベースに貯める。
可視化する。
ダッシュボードを作る。
それでも、
「で、このデータから何が分かるの?」
となる。
これは少し怖い状態です。
僕はそこで、
順番が逆なのではないか、
と考えます。
まず、
今すでに取れているデータから何を考えられるのか。
不良率が高い。
では、いつから高い?
特定の時間帯か?
特定工程なのか?
設備によって差がある?
材料ロットで違う?
作業条件に変化はあった?
まず問いを作る。
その問いから仮説を作る。
たとえば、
「特定設備でだけ不良が増えているのではないか」
という仮説ができた。
今あるデータで確認する。
それでも分からない。
そこで初めて、
「この仮説を検証するためには、このデータが足りない」
となる。
そこでセンサーを追加する。
この順番なら、
追加データには意味があります。
不良率が高い。
↓
現場と既存データを見る。
↓
問いを作る。
↓
仮説を作る。
↓
足りない情報を特定する。
↓
必要なデータだけ取る。
これが自然です。
逆に、
不良率が高い。
↓
データが少ない。
↓
センサーを増やす。
では、
データを集めることが目的になってしまう。
ここで僕が感じた違和感が、
今回の記事の出発点でもあります。
僕自身が不良率改善を成功させた、
という話ではありません。
だから、成果を誇るつもりもありません。
ただ、仕事の現場で、
「データを増やすこと」と、
「データから考えること」は違う、
と強く感じる場面があった。
だから僕は、
データが少ないことより、問いがないことの方が怖い
と考えるようになりました。
問いがあれば、
「この情報が足りない」
と分かります。
問いがなければ、
どれだけ情報があっても、
何を見ればいいのか分かりません。
これは営業でも同じです。
成果が出ない。
だからKPIを増やそう。
入力項目を増やそう。
管理しよう。
そうすると、
数字はどんどん増える。
でも、
「この数字は何を改善するために見ているのか」
が曖昧なら、
管理項目が増えただけです。
データ活用とは、
データを増やすことではありません。
問いに答えるために、必要なデータを使うこと。
順番を逆にしない。
これは僕自身、仕事で意識したいことです。
数字を見る前に、数字が生まれた「現場」を知らなければならない
僕は、
数字と現場理解はセット
だと思っています。
特にデータ分析では、
ここを切り離すと危ない。
たとえば、不良率が3%だったとします。
数字だけ見れば、
「3%」
です。
でも現場では、
特定工程だけで発生している3%かもしれない。
すべての工程で少しずつ発生している3%かもしれない。
設備Aだけで発生している3%かもしれない。
ある材料を使ったときだけ発生している3%かもしれない。
夜間だけ増える3%かもしれない。
同じ3%でも、
意味はまったく違います。
だから、
数字だけを見て、
「原因はこれでしょう」
と決めるのは危険です。
どんな工程なのか。
誰が何をしているのか。
設備はどう動くのか。
どんな制約があるのか。
どんな条件が変わり得るのか。
その数字が、どのように生まれたのか。
ここを知って初めて、
次に問うべきことが見えてくる。
データサイエンティストも同じだと思います。
分析技術が高くても、
現場の仕事を知らない。
その状態でデータだけを見ると、
数字としては正しくても、
現実とズレた分析になる可能性があります。
だから僕は、
データを見る前に、
現場を知る。
仕事の流れを知る。
現場の人に聞く。
そこまで含めてデータ分析だと思っています。
ただし、
「データより現場感覚の方が正しい」
と言いたいわけではありません。
それも危険です。
現場の人にも思い込みがあります。
経験者だからこそ、
「昔からこうだから」
というバイアスが入ることもある。
大切なのは、
現場か、データか
ではない。
現場を知ったうえでデータを読み、データから生まれた問いをまた現場へ返すこと。
この往復です。
現場。
データ。
問い。
現場。
もう一度データ。
そうやって少しずつ現実へ近づく。
『データサイエンス「超」入門』を読んでいると、
データを読むという行為は、
単なる数学ではないと感じます。
数字の背景を想像する。
別の可能性を考える。
違うデータを見る。
現実に戻る。
つまり、
数字の向こう側を見る力
が必要です。
そして現場を見る目的も、
最終的には同じです。
より良い「次の問い」を作るためです。

仕事ができる人は、数字から答えではなく「次の問い」を作る
ここまでの話を一つにまとめます。
数字を見たときに大切なのは、
すぐ答えを出すことではありません。
次の問いを作ることです。
たとえば、
「不良率が3%です」
と言われた。
その瞬間に、
「設備の問題ですね」
と答えない。
「いつ発生している?」
「どの工程?」
「設備間で差はある?」
「材料によって違う?」
「発生条件は?」
「以前と何が変わった?」
と問いを増やす。
売上が落ちたなら、
「営業量が足りない」
と決める前に、
「どの商品?」
「どの顧客層?」
「単価か件数か?」
「新規か既存か?」
「市場全体は?」
と見る。
受注率が落ちたなら、
「営業力不足」
と答える前に、
案件難易度。
商談構成。
顧客層。
決裁者との接点。
競合。
期間。
いろいろ分解してみる。
つまり、
数字 → 答え
ではない。
数字 → 問い
です。
この違いは小さく見えて、
仕事では大きい。
数字を見てすぐ対策を打つ人は、
行動が速く見えます。
でも、もし原因を読み違えていたら、
どうなるでしょう。
間違った原因に対して、正しい努力を続ける
ことになります。
営業量が原因ではないのに、
アポだけ増やす。
設備が原因ではないのに、
設備データだけ増やす。
価格が原因ではないのに、
値下げする。
努力している。
数字も追っている。
でも、成果につながらない。
一番もったいないパターンです。
だから、
問いを作る。
「まだ何が分かっていない?」
と考える。
ここが、
僕が『データサイエンス「超」入門』から仕事に持ち帰りたい一番大きな学びです。
本書は、
「数字を疑え」
というだけの本ではないと思います。
僕なりに仕事へ置き換えるなら、
数字を、問いに変換する。
これです。
数字は、
「答えがここにあります」
という札ではない。
むしろ、
「次はここを調べてください」
というヒントです。
だから僕は、
数字は、判断の終点ではなく思考の始点
だと考えています。
『ガリレオ』の湯川学が強いのは、答えを知っているからではない
この考え方を直感的に理解するとき、
ドラマ『ガリレオ』の湯川学が分かりやすいと思います。
湯川は不可解な現象を見ても、
その場で真相を決めません。
現象がある。
まず、
「なぜ、これが起きた?」
と問う。
仮説を作る。
実験する。
合わなければ捨てる。
また考える。
そして、少しずつ真相へ近づく。
重要なのは、
目の前にある現象=答え
ではないことです。
現象は、
考えるための材料です。
仕事の数字も同じです。
「売上が20%落ちた」
これは答えではありません。
『ガリレオ』で言えば、
事件現場に残っている一つの現象です。
そこで、
「営業力が原因だ」
と決めれば、
その瞬間に思考は終わる。
でも、
「なぜ20%落ちた?」
と問いを作れば、
そこから分析が始まります。
湯川が強いのは、
答えを知っているからではない。
目の前の現象を、そのまま答えにしないから強い。
これは僕たちの仕事でも同じだと思います。
現象。
問い。
仮説。
検証。
判断。
数字を見たときこそ、
この順番を飛ばさない。
数字は「分解」して初めて、行動につながる
では、
どうすれば数字から問いを作れるのか。
僕が仕事で意識している方法の一つが、
分解すること
です。
たとえば、
「売上を増やしたい」
と言われても、
そのままでは何をすればいいか分かりません。
売上を分解する。
案件数。
商談化率。
受注率。
単価。
さらに、
その数字を動かす行動へ分解する。
僕自身、営業活動を見るときも、
単純に、
「テレアポ件数を増やそう」
とは考えないことがあります。
紹介を獲得できているか。
横展開を打診できているか。
別部署との接点を作れているか。
複数のステークホルダーと関係を持てているか。
横展開できそうなテーマの仮説を持てているか。
そうやって分けていく。
なぜか。
測りやすい数字と、成果を動かす数字は同じとは限らないからです。
テレアポ件数は測りやすい。
毎日何件電話したか。
すぐ数字になります。
でも、
それを増やせば成果が増えるのか。
そこは別問題です。
だから、
「この数字を増やすにはどうする?」
より前に、
「この数字は本当に成果を動かしているのか?」
と問う。
さらに分解する。
すると、
次に見るべき数字が変わる。
そして、
次に取るべき行動も変わる。
ここで大切なのは、
KPIを細かく作ること自体ではありません。
KPIを増やしすぎれば、
製造現場でセンサーを増やしすぎる話と同じことになります。
管理する数字が増えるだけ。
だから、
数字を増やすために分解するのではない。
次の問いを見つけるために分解する。
結果数字を見る。
分ける。
違いを探す。
仮説を作る。
行動へ落とす。
この順番です。
数字は、人を評価するためだけにあるのではありません。
改善するためにある。
そのためには、
眺めるだけではなく、
問いが生まれるところまで分ける必要があります。
一人で正解を作らず、仮説を外にぶつける
数字を分解した。
問いを作った。
仮説もできた。
でも、ここでもまだ、
答えではありません。
自分が考えた仮説にも、
当然バイアスが入るからです。
人は、
自分が正しいと思っているものを支持する情報を集めやすい。
「原因はAだ」
と思えば、
Aを裏付ける数字ばかり目に入ることがあります。
だから僕は、
一人で正解を完成させないことを大切にしています。
以前から、
「10時間一人で考えるより、30分考えて壁打ちを4回する」
くらいの方がいいと思っています。
もちろん、
何も考えず人に聞くという意味ではありません。
まず自分で考える。
仮説を作る。
そのうえで外にぶつける。
上司。
同僚。
専門家。
顧客。
AI。
相手はケースによって違います。
大事なのは、
答えをもらうことではない。
自分が見落としている問いをもらうことです。
「その前提、本当に正しい?」
「別の原因はない?」
「現場では違うことが起きているよ」
「この数字も見た方がいいのでは?」
そう言われると、
自分の仮説が変わる。
すると、
また見るべきデータが変わります。
だから、
データ
↓
問い
↓
仮説
で終わらない。
データ
↓
問い
↓
仮説
↓
外にぶつける
↓
修正する
↓
判断する
までやる。
壁打ちは、
単なるコミュニケーション術ではありません。
自分が数字から作った物語を疑うための検証手段
です。
数字を疑うだけでは足りない。
数字を読んだ自分自身も疑う。
そこまでやって初めて、
判断の精度は上がっていくと思います。
明日から、数字を見たら「結論」ではなく3つの問いを書こう
では、
明日から何をすればいいのか。
難しいことは必要ありません。
仕事で数字を見たら、
答えを出す前に、3つの問いを書いてみてください。
1.この数字は何を表している?
期間は?
対象は?
母数は?
比較対象は?
どんな条件で取られた数字なのか?
まず、
数字そのものの意味を確認します。
2.この数字の背景で何が起きている?
現場では何が起きている?
何か条件は変わっていない?
顧客構成は?
工程は?
設備は?
環境は?
数字の向こう側にある現実を見る。
3.次に何を確かめれば、判断の精度が上がる?
追加で見るべきデータは?
現場へ確認することは?
誰に聞けばいい?
どんな仮説を検証する?
ここまで考えてから、
初めて対策を決める。

この3問は、
営業でも、
製造でも、
企画でも、
マーケティングでも使えます。
そして今は、
AIが出した分析結果を見るときにも使えます。
AIによって、
データをまとめる。
グラフにする。
傾向を探す。
仮説を出す。
こうした作業は、どんどん速くなっています。
だからこそ、
僕たち人間が、
「何を確かめたいのか」
を持っていないと危ない。
AIが速く分析できるほど、
間違った問いに対する答えも、
速く出てくるからです。
データサイエンスという言葉を聞くと、
統計。
Python。
AI。
機械学習。
そんな難しい世界を想像するかもしれません。
もちろん、それらも大切です。
でも、その前に必要なのが、
数字を見て、何を考えるか。
『データサイエンス「超」入門』は、
そこを考えさせてくれる本です。
数字が正しくても、
僕たちがその意味を間違えることはあります。
だから、
数字を信じないのではありません。
数字を、もっと丁寧に読む。
仕事ができる人は、
数字から答えを出さない。
正確には、
数字から答えを急がない。
数字の向こうにある現実を見て、
次に考えるべき問いを作る。
僕自身も、
数字を見た瞬間に答えを出したくなることがあります。
そんなときほど、
こう考えたいと思います。
「この数字から、次に何を問うべきだろう?」
数字は、答えではありません。
思考を始めるための材料です。



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