『情熱・熱意・執念の経営』は、単なる根性論の本ではありません。本記事では永守重信の「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」を手がかりに、執念と固執の違いを考察します。人の意見を受け入れ、周囲を巻き込み、それでも目的から降りずにやり切るための仕事の姿勢を紹介します。
みなさんこんにちは!サラリーマンの大樹です!
「執念がある人」と聞くと、どんな人を思い浮かべますか?
絶対に諦めない。
人に何を言われても、自分の意見を曲げない。
一度決めたら、出来るまで続ける。
そんな人を思い浮かべるかもしれません。
今回紹介する永守重信さんの『情熱・熱意・執念の経営』も、タイトルだけを見るとかなり熱い。
さらに副題は、
「すぐやる! 必ずやる! 出来るまでやる!」
です。
ここだけ見れば、
「結局、気合いと根性で最後まで頑張れってこと?」
と思っても不思議ではありません。
でも、この本をそんなふうに読むのは、少しもったいないと思います。
なぜなら永守さんが掲げているのは、
「情熱・熱意・執念」
だけではないからです。
そこには、
「知的ハードワーキング」
という言葉も並んでいます。
ただ歯を食いしばるだけではない。
考える。
動く。
結果を見る。
修正する。
人の力を借りる。
それでも、やり切る。
僕はこの本を読みながら、一つの問いを考えました。
「絶対に諦めない人」と「ただ固執している人」は、何が違うのか?
僕なりの答えはこうです。
執念とは、自分の考えを貫き通すことではない。周囲の意見を受け入れ、人を巻き込み、それでも目的から降りない姿勢である。
この記事では、本書を手がかりに、この「執念」と「固執」の違いを考えていきます。
執念は、ただ「諦めないこと」ではない
諦めないことは大切です。
仕事でも、スポーツでも、勉強でも、途中でやめなかったから届いた結果はたくさんあります。
でも、
「諦めない」という行為だけを見て、執念だと判断するのは危険です。
たとえば、自分が考えた企画がうまくいかない。
周囲から、
「別の案も考えた方がいい」
と言われる。
それでも、
「いや、この案で絶対にいく」
と押し続ける。
確かに諦めてはいません。
でも、そこには二つの可能性があります。
一つは、
目的を達成したいから続けている。
もう一つは、
自分の考えが正しかったと証明したいから続けている。
この二つは、かなり違います。
仕事で怖いのは、本人にはその違いが見えにくいことです。
一生懸命考えた。
時間も使った。
周囲にも説明した。
だからこそ、
「ここまでやったのだから変えたくない」
という気持ちが生まれる。
でも仕事の目的は、自分の案を守ることではありません。
営業なら、顧客の意思決定を前に進めること。
プロジェクトなら、課題を解決すること。
チームなら、成果を出すこと。
目的に届くことが仕事です。
だから、本当にやり切ろうとするなら、
自分の考えを変えることさえ必要になる。
ここで重要なのが、本書に出てくる「知的ハードワーキング」という考え方です。
「出来るまでやる」だけを切り取れば根性論に見える。
でも、その横に「知的」がある。
つまり、
出来るまで同じことを繰り返せ、ではない。
考え続ける。
工夫し続ける。
現実を見る。
結果が違えば、やり方も変える。
そのうえで、目的から降りない。
僕はそう読みました。
執念は、変えない力ではない。
何を変えて、何を変えないのかを見極めながら進み続ける力でもある。
固執する人は自分の考えを守る。執念のある人は目的を守る
では、執念と固執をどう見分ければいいのでしょうか。
僕は、
「何を守ろうとしているか」
を見るのが一番分かりやすいと思っています。
固執しているとき、人は自分の考えを守ります。
「この方法でいくと決めた」
「自分は間違っていない」
「ここで変えたら負けだ」
と考える。
だから周囲から違う意見が出ると、邪魔に感じる。
一方、本当に執念がある人が守ろうとするのは、方法ではなく目的です。
目的へ近づくなら、方法は変えられる。
自分の意見も変えられる。
詳しい人に頼ることもできる。
むしろ、
目的を諦めたくないから、方法を捨てられる。
ここが大きな違いです。
営業を例にすると分かりやすいと思います。
顧客に提案した。
でも反応が弱い。
そこで、
「まだ商品の良さが伝わっていない」
と考え、同じ説明を強く繰り返す。
これは一見、熱心です。
でも、本当に目的が「顧客の意思決定を前へ進めること」なら、考えることはもっとあります。
そもそも不安は何なのか。
決裁者は誰なのか。
予算なのか。
導入負荷なのか。
タイミングなのか。
社内説明の材料が足りないのか。
そう考えると、打ち手は変わります。
説明方法を変える。
資料を変える。
話す相手を変える。
詳しい人を連れてくる。
必要なら一度引く。
でも、目的を諦めたわけではない。
目的を守るために、方法を捨てている。
「執念があるなら絶対に撤退してはいけない」という話でもありません。
案件そのものを続けることが目的ではないからです。
より大きな目的へ進むために、ある方法や案件から撤退することだってある。
撤退も、方法変更も、それ自体が美徳なのではない。
やり切るための手段の一つです。
だから僕は、
執念がある人は、意見を変えない人ではない。目的から降りない人だ。
と考えています。

「情熱・熱意・執念」は、根性ではなく仕事を前へ進める構造だ
『情熱・熱意・執念の経営』が面白いのは、三つの言葉が並んでいることです。
情熱。
熱意。
執念。
僕はこの三つを、仕事の中ではこう捉えています。
情熱は、「これをやりたい」と思う力。
まず自分の中に火がつく。
「こうしたい」
「ここまで持っていきたい」
という出発点です。
でも、自分だけが燃えていても仕事は進みません。
そこで必要になるのが、
熱意。
自分が本気であることが、周囲へ伝わる。
その熱量が、
「そこまで考えているなら手伝おう」
「一緒にやろう」
へ変わる。
そして最後に必要なのが、
執念。
途中でうまくいかなくても、簡単に目的から降りない。
ただし、本書は個人の精神論だけを扱っているわけではありません。
人材。
仕事の任せ方。
教育。
リーダー。
営業。
組織。
経営。
さまざまなテーマを通じて、人をどう動かし、組織として成果を出すかが語られています。
だから「情熱・熱意・執念」を、
一人の人間が孤独に頑張り続けるための言葉としてだけ読むと、かなり狭くなってしまうと思います。
仕事では、自分だけが本気でも足りません。
顧客がいる。
仲間がいる。
上司がいる。
専門家がいる。
現場がいる。
その人たちと一緒に結果を作っていく。
そして、そこに「知的ハードワーキング」が加わる。
情熱だけなら、勢いで暴走するかもしれない。
熱意だけなら、周囲を盛り上げるだけで終わるかもしれない。
執念だけなら、頑固さへ変わるかもしれない。
だからこそ考える。
数字を見る。
現実を見る。
失敗から学ぶ。
方法を修正する。
つまり、
情熱・熱意・執念を、知性で前へ進める。
僕はここに、この本を体育会系の根性論だけでは読めない理由があると思っています。
「出来るまでやる」
とは、
同じことを出来るまで繰り返すことではない。
出来るまで、考えることをやめない。
そう読むと、この本の印象はかなり変わります。
本気で成果を出したいから、自分一人で答えを出さない
僕は現在、コンサルティングファームで営業をしています。
営業をしていると、ときどき「提案した」という事実と、「顧客の意思決定が進んだ」という事実が、まったく別物だと感じます。
顧客本人へ説明する。
必要な内容を伝える。
提案としては成立している。
それでも、案件が前へ進むとは限りません。
僕自身、顧客本人への説明だけでは足りず、その先の社内説明まで設計しなければ意思決定は進まないと学んだ経験があります。
相手が内容を理解している。
それだけでは足りない。
その人が社内で説明できるのか。
他の関係者が何を気にするのか。
決裁する人が何を判断材料にするのか。
そこまで考えなければ、意思決定は止まる。
この経験は、僕の営業の捉え方にもつながっています。
営業は、
商品を説明する仕事ではなく、お客様の意思決定をプロデュースする仕事。
自分が説明できたかどうかだけで見れば、
「やることはやった」
と思えるかもしれません。
でも目的から見れば、
まだ仕事は終わっていない。
ここで難しいのは、自分一人では相手の会社のすべてを理解できないことです。
コンサル営業では特にそうです。
顧客の問題が複雑になれば、自分だけの知識では足りなくなる。
専門家の知恵が必要になる。
実際に支援する側の視点も必要になる。
別の案件を経験した人の意見が役立つこともある。
だから僕は、そういう状態にならないよう、普段からフィードバックをしっかり受けるようにしています。
自分だけで答えを決めない。
途中で人に見てもらう。
違う視点を入れる。
必要なら詳しい人を頼る。
ここで僕が感じているのは、
人に頼ることは、責任を手放すことではない
ということです。
むしろ逆。
本気で成果に責任を持つなら、
自分一人の知識だけで勝負する理由はありません。
「自分で全部やりました」
という結果と、
「周囲の力を借りて目的を達成しました」
という結果。
仕事で本当に必要なのは後者です。
自分のやり方へのこだわりより、成果への責任を優先する。
だから必要なら、人の意見を聞く。
自分の案も変える。
詳しい人を巻き込む。
それでも、
「ここまでやり切りたい」
という目的からは降りない。
だから僕は、
やり切りたいから、自分一人に閉じない。
と考えています。
執念は、自分の熱量を周囲の「やろう」に変えて初めて強くなる
僕は、執念と固執を分けるもう一つの境界があると思っています。
それは、
周囲との関係です。
何かを本気でやろうとすれば、反対されることはあります。
新しい提案ならなおさらです。
だから、
「周囲に反対されたら、それは固執だ」
という単純な話ではありません。
少数派でも正しいことはある。
最初は理解されない挑戦もある。
それでも、周囲の意見をすべて遮断し、
「俺が正しいからやる」
だけになったら危険です。
反対意見が出た。
理由を聞く。
自分が見えていなかった問題があれば修正する。
それでも目的に意味があると思うなら、もう一度説明する。
必要なら方法を変える。
そうやって進んだ結果、
最初は懐疑的だった人から、
「そこまで考えているなら手伝おう」
「それなら一緒にやろう」
という協力が生まれることがある。
僕はそこに、健全な執念を感じます。
これは、単に人当たりをよくしようという話ではありません。
本書にも、部下への仕事の任せ方、人材、教育、リーダー、販売など、人を通じて成果を出すための論点が数多く出てきます。
会社は、一人の根性では動かない。
人を育てる。
任せる。
販売する。
組織を動かす。
最後は誰かと一緒に成果を出す。
そう考えると、「熱意」という言葉の意味も見えてきます。
自分の中にある情熱が、熱意として周囲へ伝わる。
そして、
「やろう」
が増えていく。
その状態で、最後まで目的から降りない。
だから、
執念は一人で完成するものではない。
僕は、
執念は、周囲の「やろう」を増やす。固執は、周囲の「もういい」を増やす。
と思っています。
もちろん、多数決ではありません。
みんなが賛成しているから正しい、という意味でもない。
重要なのは、
周囲の意見を受け取ったうえで、それでも共感者や協力者が生まれているか。
です。
もし誰の話も聞かず、自分だけが走り続けているなら、
一度考えた方がいい。
それは目的への執念なのか。
それとも、自分の考えへの固執なのか。

『マネーボール』は、目的に執念があるから手段を捨てられた
今回の考え方を理解する補助線として、映画『マネーボール』が分かりやすいと思います。
主人公のビリー・ビーンが守ろうとしたのは、
「昔ながらの野球のやり方」
ではありません。
勝つことです。
しかも、資金力で不利な条件の中で勝つ。
その目的があるから、従来の選手評価方法へ固執しなかった。
データを使った別のやり方を採用する。
周囲から反対されても、目的からは降りない。
重要なのは、
手段を変えたことそのものではありません。
目的を守るために、手段を変えたことです。
仕事でも同じです。
「自分の営業スタイル」
「これまで成功したやり方」
「自分が作った企画」
に愛着を持つことはあります。
でも、その方法を守ることが仕事ではありません。
成果を出すためなら、捨ててもいい。
執念とは、
同じ道を歩き続けることではなく、目的地から降りないこと。
『マネーボール』は、その違いを直感的に見せてくれる作品だと思います。
意見を変えられることは、覚悟が弱い証拠ではない
仕事では、
「ここを変えた方がいい」
と言われることがあります。
自分が考えた案ほど、指摘を受けると引っかかることもある。
でも、そこで考えたい。
自分はいま何を守ろうとしているのか。
自分の案なのか。
目的なのか。
僕は、そうならないよう普段からフィードバックをしっかり受けることを意識しています。
途中で人の視点を入れる。
自分には見えていないものを確認する。
違うと思えば修正する。
これは、自信がないからではありません。
やり切るためです。
本当に目的を達成したいなら、
自分の間違いには早く気づいた方がいい。
自分より詳しい人がいるなら聞いた方がいい。
より良い方法があるなら変えた方がいい。
人の意見を聞くことと、覚悟を持つことは矛盾しません。
むしろ、
覚悟があるから、意見を変えられる。
「自分が正しかった」という結果より、
「目的を達成した」という結果を取りたいからです。
ここでも、本書の「知的ハードワーキング」が効いてくると思います。
執念だけで突っ走らない。
現実を見る。
考える。
修正する。
でも、目的からは降りない。
意見を変えることは、敗北ではありません。
目的を守るために、自分を更新することです。
明日からは「もっと頑張る」より、執念の向け先を確認しよう
ここまで読んで、
「自分ももっと執念を持とう」
と思った人がいるかもしれません。
でも、最初にやることを、
「もっと頑張る」
にはしないでほしいです。
今回の記事で一番避けたいのは、
執念=自分の作業量を増やすこと
という理解だからです。
明日からやることは三つです。
1. 「絶対に守りたいもの」を一文にする
まず、
何をやり切りたいのか
を書きます。
ここで手段を書かない。
「提案資料を完成させる」
ではなく、
「顧客が判断できる状態をつくる」。
「この企画を通す」
ではなく、
「この課題を解決する」。
目的が明確になれば、
何を変えてよくて、
何を変えてはいけないかが見えます。
2. 自分の案に反対する意見を、一つ取りに行く
次に、
自分の考えへ賛成してくれる人だけでなく、
違う意見を持つ人
に聞いてみる。
「この案の弱いところは?」
「何を見落としている?」
「別の方法ならどうする?」
と聞く。
ここで重要なのは、
自分の正しさを確認するために聞かないことです。
目的へ近づくために聞く。
3. 「一緒にやろう」と言ってくれる人を一人つくる
最後に、
誰を巻き込めば前へ進めるかを考えます。
専門家かもしれない。
上司かもしれない。
同僚かもしれない。
別部署かもしれない。
大事なのは、
一人で抱え続けないことです。
やり切るために、人の力を借りる。
それも責任感の一部です。

執念とは、一人で耐える力ではない。目的から降りず、周囲とやり切る力だ
最初に、
「絶対に諦めない人」と「ただ固執している人」は、何が違うのか?
と問いかけました。
僕の答えはシンプルです。
固執する人は、
自分の考えから降りません。
執念のある人は、
目的から降りません。
だから、人の意見を聞ける。
自分の案を変えられる。
方法を変えられる。
人に頼ることもできる。
そして、その本気が伝われば、周囲にも、
「一緒にやろう」
という人が増えていく。
『情熱・熱意・執念の経営』は、確かに熱い本です。
でも、
「気合いで頑張れ」
だけで読んでしまうと、本書の面白さをかなり失うと思います。
情熱を持つ。
熱意を周囲へ伝える。
知的に考え続ける。
そして、目的から降りない。
もし今、どうしてもやり切りたい仕事があるなら、
「もっと頑張れるか?」
ではなく、一度こう問いかけてみてください。
自分はいま、目的に執念を持っているのか。
それとも、
自分の考えに固執しているだけなのか。
執念とは、孤独に耐える力ではない。
人と進みながら、それでも目的から降りない力です。


コメント