正しい道具や楽しみ方を調べているうちに、趣味が「答え合わせ」になっていませんか。『ヒロシのソロキャンプ ~自分で見つけるキャンプの流儀~』と僕自身のキャンプ経験から、自分で選び、失敗し、選び直すことで、自分だけの流儀を育てる方法を考えます。
みなさんこんにちは!
サラリーマンの大樹です!
新しい趣味を始めるとき、あなたは最初に何をしますか?
多くの人は、インターネットで調べると思います。
「初心者におすすめの道具」
「失敗しない始め方」
「経験者が選ぶ定番アイテム」
知識がない状態では、とても助かります。
僕も分からないことがあれば調べます。
経験者の知識を借りた方が、大きな失敗を避けられるからです。
ところが、調べれば調べるほど、別の問題が起きます。
どの道具が正しいのか。
どの方法が効率的なのか。
どんな楽しみ方が格好いいのか。
いつの間にか、自分が楽しいかどうかではなく、正しくできているかどうかを気にするようになるのです。
趣味だったはずなのに、答え合わせのようになってしまう。
これは、キャンプでも起こります。
人気のテント。
有名な焚き火台。
定番のキャンプ飯。
写真映えするレイアウト。
どれも悪くありません。
問題は、それを選ぶ理由が「自分が好きだから」ではなく、「みんなが選んでいるから」だけになってしまうことです。
以前、僕はキャンプの魅力を紹介する記事を書きました。
その記事で取り上げたのが、ヒロシさんの『ヒロシのソロキャンプ ~自分で見つけるキャンプの流儀~』です。
当時の僕は、キャンプの魅力を、デジタルデトックス、非日常、自分らしさという三つに分けて説明していました。
どれも間違いではありません。
しかし、今回あらためて本書と自分のキャンプを振り返る中で、以前の記事には大切な視点が抜けていたと気づきました。
僕はキャンプの魅力を分かりやすく整理しようとして、キャンプを細かく切り分けすぎていたのです。
『ヒロシのソロキャンプ』には、ヒロシさんが実際に使っている道具や、キャンプ場の選び方、設営、焚き火、調理などが紹介されています。
しかし、この本は単なるキャンプ道具のカタログではありません。
僕が本書から受け取ったのは、
「ヒロシさんと同じ道具を買おう」
というメッセージではありませんでした。
むしろ反対です。
ヒロシさんの流儀を知ることは、ヒロシさんを真似することではない。自分で選ぶことを始めることである。
この記事で伝えたいことは一つです。
趣味が自分のものになるのは、正解を知ったときではない。自分で選び、失敗し、もう一度選べるようになったときだ。
これは仕事でも同じです。
型を学び、自分で判断し、結果を受け取り、必要なら選び直す。
その繰り返しの中で、自分なりの流儀が育っていきます。
正しい楽しみ方を探すほど、趣味は「答え合わせ」になる
趣味には、本来、明確な正解がありません。
楽しいか。
心地よいか。
またやりたいと思えるか。
最後は、その人自身が決めるものです。
しかし、インターネットやSNSには、たくさんの「正しそうな答え」があります。
「初心者はこのテントを買うべき」
「このブランドを選べば間違いない」
「キャンプ飯ならこれを作るべき」
役立つ情報もあります。
問題は、情報を見ることではありません。
情報を集めるうちに、自分で決めなくなることです。
自分が使いやすいかではなく、評価が高いか。
自分が食べたいかではなく、写真映えするか。
自分が落ち着くかではなく、キャンパーらしく見えるか。
評価基準が、自分の外側へ移っていきます。
すると、趣味なのに、
「これで合っているのかな」
と不安になる。
道具を買っても、
「もっと良いものがあるのではないか」
と比較する。
一度行っても、
「上級者のようにできなかった」
と落ち込む。
趣味がつまらなくなるのは、知識が増えたからではありません。
自分で選んだ結果を、自分で受け取る機会が減るからです。
誰かのおすすめを選べば、失敗しても、
「おすすめされたから」
と言えます。
しかし、自分で選べば、失敗も自分のものになります。
少し怖い。
だからこそ、正解を探し続けてしまうのかもしれません。
初心者には型が必要。でも、型はゴールではない
ここで誤解してほしくないことがあります。
経験者の話を聞くことや、基本の型を学ぶことは必要です。
特にキャンプには、安全に関わる知識があります。
火の扱い。
天候への備え。
テントの設営。
道具の使い方。
キャンプ場でのマナー。
これらを無視して、
「自分の好きにすればいい」
と考えるのは危険です。
自分の流儀とは、基本を無視することではありません。
最初は型を借ります。
経験者の道具を参考にする。
本に書かれた手順を試す。
定番の方法でやってみる。
型があるから、初心者でも最初の一歩を踏み出せます。
ただし、型は答えではありません。
判断を始めるための材料です。
実際に使ってみる。
使いやすければ続ける。
合わなければ変える。
必要なければ減らす。
料理でも、最初はレシピ通りに作ります。
しかし、何度か作るうちに、
「もう少し辛い方が好きだ」
「この工程は省ける」
と分かってきます。
借りたレシピを自分で選び直した瞬間、自分の料理へ変わります。
キャンプも同じです。
型を借りる。
自分で選ぶ。
試してみる。
失敗する。
もう一度選び直す。
その積み重ねが流儀になります。
キャンプの魅力を分けた瞬間、大切なものを見失っていた
以前の僕は、キャンプの魅力を三つに分ければ、キャンプを知らない人にも伝わりやすいと思っていました。
書いているときは、それなりに整理できたつもりでした。
けれど、読み返すと違和感が残りました。
書いてあることは間違っていません。
それなのに、自分がキャンプで感じている楽しさとは少し違う。
文章として整理することを優先した結果、僕自身の実感が抜け落ちていたのです。
「キャンプで何が一番好きなのか」
そう考えたとき、僕の答えは一つに絞れませんでした。
焚き火だけではない。
料理だけでもない。
設営だけでもない。
僕の答えは、
全部好き
でした。
事前に道具を準備する。
場所を選ぶ。
車で向かう。
どこへテントを張るか決める。
設営する。
散歩する。
料理を作る。
食べて、飲む。
焚き火の準備をする。
夜空を見ながら過ごす。
眠くなったら寝る。
朝、自然の中で起きる。
撤収して帰る。
これらは、独立したイベントではありません。
全部がつながって、キャンプになります。
そして、つながっているのは時間だけではありません。
一つひとつを、自分で決めているのです。
どこへ行くか。
何を持っていくか。
どこへ張るか。
何を食べるか。
いつ焚き火を始めるか。
どう夜を過ごすか。
いつ眠るか。
普段の生活では、これほど多くのことを自分だけで決められる日は、意外と少ないものです。
キャンプでは、その決定権が自分へ戻ってきます。
だから、何か一つを楽しんでいるのではありません。
自分で一日を選んでいる感覚そのものを楽しんでいるのです。

僕にとって焚き火は、キャンプにおける外気浴だった
キャンプのすべてが好きです。
そのうえで、一番好きな時間を選ぶなら焚き火です。
食事を終える。
火の近くへ椅子を寄せる。
薪が燃える音を聞く。
空を見上げる。
その日の設営や料理、散歩、食事を思い返す。
必ず深い反省をするわけではありません。
改善点を細かく分析する時間でもありません。
ただ、火を見ながら一日を振り返る。
その時間によって、自分で選んできた一日が、ゆっくり自分の中へ入ってきます。
僕はこの感覚を、サウナの外気浴に近いと思っています。
サウナでは、サウナ室だけで完結しません。
水風呂へ入り、外気浴をする。
椅子に座り、風を感じながら静かに過ごす。
その時間まで含めて、身体と気持ちが整っていきます。
僕にとってキャンプの焚き火も同じです。
設営や料理のあとに、焚き火へしっかり寄る。
夜空を見ながら、その一日を味わう。
それまで自分で重ねてきた選択があるから、焚き火が特別になります。
ただし、焚き火が全員にとっての正解ではありません。
料理を作ることが好きな人もいます。
朝のコーヒーが好きな人もいます。
仲間と話す時間を大切にする人もいます。
僕にとっては、焚き火と夜空が一日の外気浴のような時間になった。
それが、キャンプを重ねる中で見つけた僕の流儀です。
キャンプのあと、僕はサウナへ行くこともあります。
東京へ戻る渋滞の中で、
「いつか地方へ移住したいな」
と考えることもあります。
キャンプへ行ったからといって、生活が劇的に変わるわけではありません。
旅行にも行きます。
毎週キャンプへ行くわけでもありません。
それでも、自分で一日を選んだ経験は、日常へ戻ったあとも残ります。
「自分はどんな場所が好きなのか」
「どんな時間を心地よいと感じるのか」
キャンプは、その感覚を確かめる場所にもなっています。
ヒロシは正解ではなく、選ぶ自由を見せている
『ヒロシのソロキャンプ』には、テント、タープ、ハンモック、寝袋、焚き火台、調理器具、ナイフなど、ヒロシさんが実際に使う道具が登場します。
さらに、キャンプ場選び、サイト設営、火起こし、炊飯、鉄板焼き、パッキング、動画撮影まで紹介されています。
かなり具体的なキャンプ実用書です。
しかし、本書の価値は、道具の名前を覚えることだけではありません。
重要なのは、
なぜヒロシさんがそれを選んでいるのか
という部分です。
人によって、キャンプに求めるものは違います。
快適さを重視する人。
持ち運びやすさを重視する人。
多少不便でも、道具を使う時間を楽しみたい人。
全員にとって最高の道具はありません。
キャンプの目的が違えば、選ぶものも変わるからです。
ヒロシさんの現在の装備も、最初から完成していたわけではありません。
道具を一つずつ選び、実際に使いながら、長い時間をかけて現在の形へたどり着いたものです。
だから、同じ道具をそろえることが、すべての人の正解ではありません。
本当に受け取るべきなのは、完成した装備ではなく、選び、使い、選び直してきた過程です。
本書の副題は、
「ヒロシのキャンプを完全再現する方法」
ではありません。
自分で見つけるキャンプの流儀
です。
ヒロシさんの道具は、一つの完成例です。
それを参考にしながら、
「自分なら何を選ぶか」
を考える。
本書が見せているのは、完成された正解ではありません。
自分で決めてよい。
失敗してよい。
そして、また選び直してよい。
という自由です。
ヒロシさんが何を使っているかだけでなく、なぜそれを選び、現在の形へたどり着いたのかまで読めるのが本書の面白さです。
正解を買うためではなく、自分で選ぶための参考として読んでみてください。
自分の流儀は、選び、失敗し、選び直したあとに残る
自分の流儀を作ると聞くと、特別な個性が必要だと感じるかもしれません。
しかし、最初から独創的である必要はありません。
流儀は、型を借り、自分で選び、実際に試し、選び直す中で育ちます。
最初は、本や経験者の方法を借ります。
そのあと、最後は自分で決めます。
完璧な理由は必要ありません。
「一度試してみたい」
でも構いません。
自分で決めたからこそ、結果を自分の経験として受け取れます。
選んだ道具が使いにくいこともあります。
準備に時間をかけすぎることもあります。
例えば、料理へ力を入れてみた結果、もっと焚き火の時間を取りたいと感じる人もいるでしょう。
道具を増やした結果、準備や撤収を簡単にしたいと気づく人もいるかもしれません。
失敗は、正解から外れた証拠ではありません。
自分の基準が生まれた証拠です。
合わないと分かったら、次は変える。
道具を減らす。
場所を変える。
過ごし方を変える。
選び直すことは、最初の選択を否定することではありません。
最初に選んだからこそ、次の選択ができます。
何度も選び直す中で、
毎回やりたくなること。
自然に選んでいること。
多少手間がかかっても残したいこと。
そうしたものが見えてきます。
それが、その人の流儀です。

『おやじキャンプ飯』では、流儀が中華鍋ににじんでいる
自分の流儀が自然に表れている作品として思い浮かぶのが、YouTubeドラマの『おやじキャンプ飯』です。
この作品では、キャンプ場で暮らす主人公が、中華鍋を使って料理を作ります。
キャンプ料理と聞いて、多くの人が想像する料理とは少し違うかもしれません。
しかし、主人公にとっては、それが自然です。
元中華料理人としての経験。
長く使ってきた道具。
料理を通じた人との関わり方。
それらが重なり、中華鍋が主人公の流儀を象徴しています。
重要なのは、
「キャンプでは中華鍋を使うべきだ」
ということではありません。
中華鍋を使う姿が、主人公の人生や選択とつながっていることです。
流儀は、人へ見せるためにつくるものではありません。
自分で選び続けた結果、その人の行動へ自然ににじみ出るものです。
ヒロシさんには、ヒロシさんの道具と過ごし方があります。
『おやじキャンプ飯』の主人公には、中華鍋と料理があります。
僕には、一連のキャンプの時間と、焚き火へ寄って夜空を見る時間があります。
他人の流儀を見る面白さは、同じものを手に入れることではありません。
「この人は、なぜこれを選んだのだろう」
と考えられることです。
他人の流儀は、真似するための答えではありません。
自分の感覚を確かめるための鏡です。
仕事で成長する人は、正解ではなく判断の根拠を持っている
この考え方は、仕事にもつながります。
仕事でも、最初は型を学びます。
営業なら、商談前に何を準備するか。
どんな順番で質問するか。
提案資料をどう構成するか。
優秀な人の方法は、とても参考になります。
ただし、教わった型を覚えることと、自分で成果を出せることは同じではありません。
顧客が違います。
商品が違います。
状況も違います。
僕は、前職では食品メーカーの営業をしていました。
現在は、コンサルティングファームで営業をしています。
同じ営業でも、仕事の進め方は大きく異なります。
食品メーカーでは、商品や売り場、得意先の状況を踏まえて提案します。
コンサル営業では、相手の課題を理解し、必要な専門性や支援の形を考えます。
前職で使っていた型を、そのまま現在の仕事へ持ち込めばよいわけではありません。
周囲から型を学ぶ。
商談で試す。
自分で次の行動を決める。
うまくいかなければ、何が違ったのかを考える。
質問の順番を変える。
準備する情報を変える。
必要なら専門家へ協力を依頼する。
そして、もう一度試す。
仕事で成長するとは、正解を教わり続けることではありません。
判断の根拠を持ち、自分で決め、その結果を受け取り、次の判断へつなげることです。
趣味と違い、仕事では顧客への価値や成果が求められます。
だから、好き勝手に進めるのではなく、選んだ理由を説明できなければなりません。
仕事における流儀とは、独特な方法ではありません。
自分で判断し、相手と結果に合わせて選び直せることです。
キャンプ本ですが、
「型を学んだあと、どう自分で判断するか」
という点は仕事にもつながります。
他人の完成形を真似するだけで終わりたくない人にも、ヒロシさんの姿勢は参考になります。

自分の流儀は、「一つ選び、一度試し、一つ選び直す」ことで育つ
自分の流儀は、頭の中で考えているだけでは見つかりません。
今日からできることは難しくありません。
まず、本や経験者の方法から一つだけ借ります。
次に、
「なぜこれを選ぶのか」
を考え、自分で決めます。
完璧な理由は必要ありません。
一度試してみたい。
それでも構いません。
そのあと、結果を成功か失敗だけで判断しません。
何が面倒だったのか。
何が心地よかったのか。
何が自分に合わなかったのか。
自分の感覚を拾います。
そして次回、一つだけ選び直します。
道具を一つ減らす。
順番を変える。
準備する情報を変える。
一つずつ変えるから、最初の経験が次へつながります。
何度選び直しても残るものがあります。
毎回やりたくなること。
自然に選んでいるもの。
多少手間がかかっても続けたいこと。
それが、あなたの流儀です。
僕にとっては、焚き火へ椅子を寄せ、夜空を見ながら一日を振り返る時間でした。
誰かから教えられた正解ではありません。
キャンプを重ねる中で、自分の中へ残ったものです。
あなたにも、すでにそうした選択があるかもしれません。
まだ言葉にしていないだけで、毎回自然に選んでいること。
それを見つけるところから始めてみてください。
ヒロシの流儀を知ることは、自分で決める自由を取り戻すこと
『ヒロシのソロキャンプ』には、たくさんの道具や実践方法が登場します。
そのため、キャンプを始めたい人にとって、具体的に参考になる本です。
しかし、本書を読んだあとに残したいのは、道具の名前だけではありません。
ヒロシさんが、何を選び、何を楽しみ、なぜ現在のスタイルになったのか。
そこへ注目すると、本書の読み方が変わります。
ヒロシさんと同じ道具を買うことが目的ではありません。
ヒロシさんの選択を見ながら、
「自分なら、何を選びたいだろう」
と考える。
それが、本書の副題にある、
自分で見つけるキャンプの流儀
なのだと思います。
正しい楽しみ方を探すほど、趣味がつまらなくなる。
その理由は、正解を知ること自体が悪いからではありません。
他人の正解ばかり見ていると、自分で決めなくなるからです。
型は必要です。
経験者の知恵も必要です。
しかし、最後は自分で選ばなければ、自分の経験にはなりません。
自分で選ぶ。
結果を受け取る。
なぜ合わなかったのかを知る。
そして、もう一度選び直す。
その過程で、自分が何を好きなのかが分かります。
趣味が自分のものになるのは、正解を知ったときではない。自分で選び、失敗し、また選べるようになったときです。
仕事も同じです。
優秀な人の型を学ぶ。
情報を集める。
自分で判断する。
結果を受け取る。
そして、次の方法を選び直す。
そうして初めて、借りた知識が自分の力になります。
次に、趣味や仕事の方法を調べたときは、
「どれが正解なのだろう」
だけで終わらせないでください。
もう一つ、問いを加えてみてください。
自分は、なぜこれを選びたいのだろう。
その問いから、あなたの流儀が始まります。
本書にあるのは、全員が従うべきキャンプの正解ではありません。
ヒロシさんが選び続けて見つけた、一つの流儀です。
それを参考に、自分なら何を選びたいかを考えながら読んでみてください。



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