なぜ、良い提案をしても顧客は動かないのか。『ヤバい経済学』のインセンティブと「隠れた原因」を探る思考から、顧客の言葉の裏側を読み解き、説得ではなく「判断できる環境」をつくる営業について考えます。
みなさんこんにちは!サラリーマンの大樹です!
良い提案ができた。
相手の反応も悪くない。
メリットも説明した。
質問にも答えた。
それなのに、決まらない。
営業をしていると、そんなことがあります。
すると僕たちは、つい自分の提案を振り返ります。
説明が足りなかったのか。
もっとメリットを伝えるべきだったのか。
価格が高かったのか。
最後の一押しが弱かったのか。
僕自身、食品メーカーでも、現在のコンサルティングファームでも営業を経験してきました。
その中で感じるのは、
良い提案をしたからといって、顧客が決断するとは限らない
ということです。
そして、もう一つ。
顧客が最後の商談で「やります」と言ったからといって、本当にその瞬間に意思決定が生まれたのでしょうか。
もしかすると、最後の商談は、
それまで積み重なってきた意思決定が、目に見える形になった場所
にすぎないのかもしれません。
このことを考えるとき、思い出す本があります。
スティーヴン・D・レヴィットとスティーヴン・J・ダブナーの『ヤバい経済学』です。
この本は、世の中で「原因」とされているものを簡単には信じません。
本当にそれが原因なのか。
別の理由はないのか。
人はなぜ、その行動を取ったのか。
データやインセンティブから、目の前の現象の裏側を考えていきます。
この視点は、営業にも使えると思っています。
顧客の言葉を、そのまま答えにしない。
案件が決まらない原因を、提案力だけに求めない。
そして、
「どう説得するか」より、「何が判断を止めているのか」を考える。
今回は『ヤバい経済学』をヒントに、「なぜ顧客は決断するのか」を営業の現場から考えてみます。
良い提案なのに、なぜ顧客は決断してくれないのか
僕は前職の食品メーカーでも営業をしていました。
営業ですから、当然、提案を考えます。
どうすれば商品の魅力が伝わるか。
どんな提案なら相手にとって価値があるか。
そう考えて提案する。
それでも、決まらないことはあります。
良い提案だと思ってもらえたから、必ず採用されるわけではありません。
営業をしていれば当たり前の話かもしれません。
でも、この「当たり前」を少し掘ってみると、面白いことに気づきます。
僕たちは案件が決まらなかったとき、
提案内容。
価格。
商品力。
説明。
クロージング。
こうした営業側から見えやすいものを原因として考えがちです。
もちろん、それらが原因の場合もあります。
ただ、それだけとは限りません。
相手の会社には、相手の会社の事情があります。
担当者が良いと思っても、その人だけで決められないかもしれない。
上司への説明が必要かもしれない。
予算の問題があるかもしれない。
別の優先課題があるかもしれない。
導入した後の負担を心配しているかもしれない。
営業側から見えているのは、意思決定の一部分だけです。
僕は現在、コンサルティングファームで営業をしています。
扱うものは前職とは違います。
でも、
相手が良いと思うことと、相手が決断できることは違う
という点は共通しています。
だから今は、案件が進まないときに、
「もっと説明しなければ」
だけではなく、
「相手は今、何を判断できていないのだろう?」
と考えることが大切だと思っています。
顧客は、本当に最後の商談で決断しているのか。
この問いが、今回の記事の出発点です。
顧客の言葉は「答え」ではなく、次の問いをつくる材料
たとえば顧客から、
「今は内製化の方針です」
と言われたとします。
ここでは、営業上の例として考えてみます。
その言葉だけを受け取れば、
「外部への発注はしないんだな」
で終わります。
でも、少し分解すると見え方が変わります。
まず、
「今」
という言葉。
今だけなのか。
半年後も同じなのか。
現在のプロジェクトだけなのか。
次に、
「内製化」
という言葉。
外部企業を使うこと自体が問題なのか。
コストの問題なのか。
社内へノウハウを残したいのか。
そして、
「方針」
という言葉。
誰が決めた方針なのか。
会社全体なのか。
部署なのか。
プロジェクトなのか。
もちろん、
「相手の言葉には必ず裏がある」
という話ではありません。
「内製化する」と言っている相手に、
「本当は違うんでしょう?」
と迫ったら、ただの嫌な営業です。
大切なのは、
その言葉が出てきた背景を、こちらの想像だけで決めないことです。
僕は以前、『ヤバい経済学』を読んだときのメモにこう書いていました。
「チャンスを探るためには、質問するしかない。」
今読み返しても、営業で大切な姿勢だと思います。
顧客の回答は、会話の終点ではありません。
次の問いをつくる材料でもあります。
なぜ内製化なのか。
何を実現するための内製化なのか。
いつまでなのか。
何が変われば方針も変わるのか。
質問してみなければ分かりません。
そして、聞いた結果、
「やはり今回は自社が入る余地がない」
と分かることもあるでしょう。
それでもいい。
目的は、相手の言葉から無理やり商談機会を作ることではありません。
相手が何を考えているのかを、正しく理解することです。

『ヤバい経済学』は「見えている原因」を疑う
ここで、『ヤバい経済学』の話に戻ります。
この本を読むと、
「経済学って、こんなことまで扱うのか」
と思います。
教師の不正。
不動産仲介。
犯罪。
教育。
一見するとバラバラです。
でも、根底には共通する視点があります。
その一つが、
インセンティブ
です。
人は理念だけで行動するわけではありません。
報酬がある。
評価される。
損を避けたい。
立場を守りたい。
こうした条件によって、行動は変わります。
本書で印象的なのが、教師の不正を扱った話です。
普通に考えれば、教師は子どもを教育する側です。
「教師だから、生徒のために正しく行動する」
と考えたくなります。
ところが、テスト結果が学校や教師の評価へ強く結びつけば、そこには別のインセンティブが生まれます。
ここで重要なのは、
「教師は良い人か、悪い人か」
という話ではありません。
見るべきなのは、
その人が置かれた環境が、どんな行動を促しているのか
ということです。
これは仕事でも同じだと思います。
顧客から、
「予算がありません」
と言われた。
だから予算だけが原因。
「内製化します」
と言われた。
だから外注そのものが原因。
「社内で検討します」
と言われた。
だからまだメリットが伝わっていない。
そう簡単に結論づけていいのでしょうか。
表面に見えている説明と、その結果を生んだ原因は同じとは限りません。
僕が『ヤバい経済学』から仕事へ持ち帰りたいのは、
「もっともらしい説明ほど、一度立ち止まって考える」
という姿勢です。
人が何を言ったか。
その先に、
なぜそう考えたのか。
なぜその行動が合理的なのか。
どんな環境に置かれているのか。
という問いを置く。
営業でも、そこまで見て初めて顧客の意思決定が見えてくると思います。
『ヤバい経済学』は、難しい経済理論を覚えるための本というより、「世の中で当たり前だと思っている説明を、本当にそうなのかと問い直す」面白さを味わえる一冊です。
会社にとっての正解と、担当者にとっての正解は違う
インセンティブという視点を営業へ持ち込むと、もう一つ重要なことが見えてきます。
それは、
会社にとって合理的な判断と、担当者にとって合理的な判断は、必ずしも一致しない
ということです。
たとえば、あるシステムを導入すれば会社全体の生産性が上がるとします。
営業から見れば、
「これだけ効果があるなら、導入した方がいい」
と思うかもしれません。
でも、担当者から見える景色は違います。
導入するには上司へ説明しなければならない。
他部署を巻き込まなければならない。
セキュリティ部門との調整が必要になる。
導入後の運用も考えなければならない。
うまくいかなかったときには、説明を求められるかもしれない。
すると、
会社にメリットがある=担当者がすぐ動く
とは限りません。
ここで、
「担当者が保身している」
と片づけるのも違うと思います。
その人が置かれている環境から見れば、慎重になることに合理性があるかもしれないからです。
これは『ヤバい経済学』のインセンティブという視点とつながります。
人の行動を理解するとき、
「なぜ分かってくれないのか」
ではなく、
「この人の立場から見たとき、何が合理的なのか」
と考えてみる。
すると営業が見る範囲も広がります。
商品にどれだけメリットがあるか。
それだけではない。
意思決定に関わる人は誰か。
その人は何を評価されるのか。
何を説明する必要があるのか。
何をリスクだと感じるのか。
どんな情報が不足しているのか。
そこまで考えて初めて、顧客が判断できない理由が見えてきます。
インセンティブを単なる「報酬」の話ではなく、「置かれた環境によって、人の合理的な行動が変わる」と捉えると、『ヤバい経済学』は仕事を見るレンズとしても面白くなります。
営業が探すべきは「どう説得するか」ではなく「何が判断を止めているか」
ここまで考えると、顧客が動かないときに営業が立てる問いも変わります。
「どうすればYESと言ってもらえるだろう?」
ではなく、
「この顧客の判断を、今何が止めている?」
と考える。
必要性が分からないのか。
効果を判断できないのか。
リスクが大きいのか。
タイミングが悪いのか。
予算がないのか。
決裁者が納得していないのか。
関係部署の合意が取れていないのか。
社内で説明する材料がないのか。
原因によって、営業がやるべきことは変わります。
効果を判断できないなら、判断材料を出す。
リスクが不安なら、リスクを整理する。
競合と迷っているなら、比較できる情報を用意する。
社内説明が難しいなら、説明に必要な材料を考える。
逆に、今やる合理的な理由が本当にないなら、
「今はやらない」
という判断になることもあります。
それでいいと思っています。
営業の仕事を、
「YESを取ること」
だけだと考えると、
どう動かすか。
どう説得するか。
どう断れなくするか。
という方向へ意識が向きやすくなります。
でも、
顧客が判断できる状態をつくること
だと考えれば、YESとNOの両方を扱えます。
顧客が判断できない理由を一つずつ減らす。
その結果として、
やる。
やらない。
今ではない。
別の方法を選ぶ。
自分たちで結論を出せる。
その環境をつくる方が、僕は営業として健全だと思っています。

営業とは、お客様の「意思決定をプロデュースする仕事」である
僕は現在、コンサルティングファームで営業をしています。
コンサルティングの提案では、
「このサービスは優れています」
と説明すれば終わり、とはなりません。
顧客が判断するには、さまざまな材料が必要になります。
ROI。
競合との比較。
セキュリティ。
導入スケジュール。
推進体制。
稟議に必要な材料。
社内説明に必要な情報。
案件によって必要なものは違います。
でも共通しているのは、
「良い提案だと思うこと」と「会社として決断できること」は違う
ということです。
さらに、目の前の担当者だけを見ても足りません。
上司。
決裁者。
現場。
経営層。
管理部門。
セキュリティ部門。
関わる人が変われば、見ているものも変わります。
経営層なら投資効果を見るかもしれない。
現場なら本当に使えるのかを見るかもしれない。
管理部門ならリスクを見るかもしれない。
だから、担当者一人が納得したとしても、それだけで会社全体が判断できるとは限りません。
現在の仕事をする中で、僕は営業を、
「お客様の意思決定をプロデュースする仕事」
と考えるようになりました。
ここでいうプロデュースとは、
営業が結論を決めることではありません。
必要な情報を整理する。
論点を明らかにする。
必要な人に参加してもらう。
懸念を確認する。
判断に必要な材料を揃える。
分からないことを減らしていく。
つまり、
顧客自身が決断できる舞台を整えることです。
こう考えると、営業の主語が変わります。
「自分がどう売るか」
から、
「顧客がどう判断するか」
になる。
もちろん、商品知識も必要です。
説明力も必要です。
提案力も必要です。
専門性も必要です。
でも、それらは自分の優秀さを見せるためにあるわけではない。
顧客が判断するために使うものです。
営業は、顧客を説得する仕事ではない。
僕は、
顧客が自分で判断できる環境をつくる仕事
だと考えています。
『ヤバい経済学』は営業本ではありません。だからこそ、「営業ではこうするものだ」という常識から少し離れ、人の行動や意思決定そのものを考え直すきっかけになります。
クロージングは「最後の一押し」ではなく、伏線回収である
ここまで考えると、「クロージング」という言葉の見え方も変わります。
クロージングというと、
商談の最後に決断を迫る場面を想像しがちです。
でも、本当にその瞬間に意思決定が生まれているのでしょうか。
僕は、
クロージングは、最後の一押しではない
と思っています。
むしろ、
それまでに張った伏線の回収
に近い。
この感覚を考えていて思い浮かんだのが、『コンフィデンスマンJP』です。
この作品では、最後に種明かしされて、
「あれも仕込みだったのか」
「そこから始まっていたのか」
と驚かされることがあります。
最後の場面だけを見れば、その瞬間にすべてが起きたように見えます。
でも実際には、その前からいろいろなものが積み上げられている。
だから最後に振り返ったとき、
点だった出来事が一本につながります。
もちろん、営業とコンフィデンスマンは決定的に違います。
コンフィデンスマンは、相手を騙すために舞台を作ります。
営業は、その逆でなければいけません。
顧客のインセンティブを知るのも、
相手を思い通りに動かすためではない。
情報を揃えるのも、
YESと言わせるためではない。
相手が正しく判断できる舞台を作るためです。
ただ、
最後の瞬間だけで結果が生まれているわけではない。
という構造には、通じるものがあります。
営業でも、
顧客の発言を聞く。
背景を知る。
関係者を知る。
懸念を知る。
判断を止めているものを知る。
必要な材料を揃える。
一つずつ進めていく。
そして最後に、
「この方向で進めよう」
という意思決定が生まれる。
最後の一言が魔法だったわけではありません。
それ以前のプロセスがつながった結果です。
だから僕は、
クロージングは、最後の一押しではない。それまでに張った伏線の回収である。
と考えています。

情報を持つ営業ほど、「顧客のための判断」になっているか疑え
ここでもう一度、『ヤバい経済学』へ戻ります。
本書には、専門家と一般の人との情報格差について考えさせられる話があります。
その代表例が、不動産仲介です。
専門家は、一般の人より多くの情報を持っています。
市場を知っている。
相場を知っている。
取引の仕組みを知っている。
顧客が知らないことを知っている。
だから専門家には価値があります。
一方で、『ヤバい経済学』が面白いのは、
専門家だから、常に顧客と完全に同じインセンティブで動くとは限らない
というところまで見ることです。
情報量に差があるからこそ、
専門家側の都合が入り込む余地も生まれる。
この話は、営業をしている僕自身にも刺さります。
僕たちは自社の商品について、顧客より詳しい。
技術。
価格。
導入方法。
他社事例。
業界情報。
営業が持つ情報は、顧客の意思決定を助ける大きな価値になります。
僕自身、専門性をSEに任せきりにするのではなく、自分でも理解を深める必要があると考えています。
広く深く知るのは簡単ではありません。
それでも、顧客と会話し、判断を支援する立場なら、自分自身の専門性を高め続ける必要があります。
でも、情報を持つほど忘れてはいけないことがあります。
その情報を、誰のために使っているのか。
顧客が判断するためなのか。
自分が売るためなのか。
同じ情報を持っていても、目的によって使い方は変わります。
都合の悪い情報を出さない。
メリットだけを強調する。
不安を必要以上に刺激する。
それでも、相手をYESへ近づけることはできるかもしれません。
でも、それは今回考えてきた営業とは違います。
僕は以前の読書メモに、
「提案・会話内容が顧客本位か、自分の都合に寄っていないかを定期的に点検する」
と書いていました。
今回の記事を書きながら、改めて大事だと思います。
『コンフィデンスマンJP』では、相手の欲望や思い込みを理解し、それを利用して舞台を作ります。
営業は逆です。
相手のインセンティブを理解するからこそ、
相手が自分で判断できる情報を揃える。
情報量の差は、
顧客をコントロールするための武器ではありません。
顧客の意思決定を助けるための責任でもある。
専門性を高めるほど、
「これは本当に顧客のための判断になっているか」
と自分に問い続ける。
そこまで含めて、営業の仕事だと思っています。
明日の商談では、「どう説得するか」を考える前に一つだけ問い直そう
では、明日の商談から何を変えるのか。
難しいフレームワークを覚える必要はありません。
商談前のメモに、一つだけ書いてみてください。
「この顧客の判断を、今何が止めている?」
これだけです。
答えが分かっているなら、それに必要な材料を準備する。
分からないなら、質問する。
たとえば、
「予算がありません」
と言われた。
そこで終わらず、何が背景にあるのかを理解する。
「内製化します」
と言われた。
なぜ今、内製化なのかを理解する。
「検討します」
と言われた。
何を検討する必要があるのかを理解する。
もちろん、質問した結果、
「やはり今はやらない」
という結論になることもあります。
それでいい。
顧客自身が必要な情報を持ち、納得して判断できたなら、その意思決定を尊重する。
営業だからといって、すべてのNOをYESへ変える必要はありません。
『ヤバい経済学』は、僕たちが当たり前だと思っている説明に、
「本当にそうなのか?」
と問いを投げかけます。
営業でも同じです。
案件が決まらなかった。
だから提案力が弱かった。
最後の商談で決まった。
だからクロージングがうまかった。
顧客が内製化と言った。
だから外注の余地はない。
そんな分かりやすい因果関係だけで終わらず、
その結果を生んだものは何だったのか
を考えてみる。
顧客の言葉を見る。
その背景を見る。
インセンティブを見る。
判断を止めているものを見る。
必要な材料を揃える。
そうして初めて、顧客は自分たちで判断できるようになります。
『ヤバい経済学』をまだ読んでいない人も、昔読んで内容を忘れてしまった人も、「仕事で起きていることの本当の原因は何だろう?」という視点で読み直すと、以前とは違った発見があるかもしれません。
営業は、顧客を説得する仕事ではない。
顧客が自分で判断できる環境をつくる仕事です。
最後の商談だけに力を入れるのではなく、その前から判断できない理由を一つずつ減らしていく。
最後の一言で人を動かそうとしない。
最後までに、人が動ける状態をつくっておく。
そして決断の瞬間、それまで積み上げてきたものを一本につなぐ。
クロージングは、最後の一押しではない。
それまでに張った伏線の回収なのです。


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