ビジネス/スキル

伝えるとは、自分の考えを話すことではない。相手の頭を整理することだ。──『考える技術・書く技術』から学んだ論理的コミュニケーション

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『考える技術・書く技術』を、単なるロジカルシンキング本ではなく「相手の頭を整理する技術」として読み解きます。大学時代のインターンで何度も読み返した経験をもとに、提案資料・プレゼン・営業で本当に伝わる構造と、明日から使える考え方を解説します。

みなさんこんにちは!サラリーマンの大樹です!

必要なことは全部説明した。

数字も入れた。

メリットも伝えた。

事例も載せた。

それなのに、なぜか相手の反応が鈍い。

そんな経験はないでしょうか。

伝わっていないと感じると、僕たちは情報を足そうとします。

もっと詳しく説明しよう。

別の事例も見せよう。

データを増やそう。

でも、伝わらない原因が「情報不足」とは限りません。

むしろ情報は十分にある。

問題は、聞いている相手の頭の中で、

「何が重要なのか」

「どの話とどの話がつながっているのか」

「結局、何を判断すればいいのか」

が整理できていないことかもしれません。

僕がこのことを考える原点になった本があります。

バーバラ・ミントの『考える技術・書く技術』です。

僕がこの本に出会ったのは、まだ大学生だった頃。

インターンを始めた初日に、役員から課題図書としてプレゼントしてもらいました。

当時の僕には、今のようなビジネス知識はほとんどありませんでした。

提案資料がどう作られるのか。

プレゼンで何を考えるのか。

ビジネスの世界で「分かりやすい」とは何なのか。

ほぼ何も知らない状態です。

だから、まずこの本を読みました。

そしてインターンで実際の仕事を見る。

また本を読む。

資料を見る。

プレゼンを見る。

もう一度、本へ戻る。

そうして何度も読み返していくうちに、少しずつ仕事の見え方が変わってきました。

提案資料。

プレゼン資料。

営業の説明。

世の中のCM。

表現はまったく違うのに、うまく伝わるものには共通点がある。

「最初に何を理解してもらうのか」

「その次に何を考えてもらうのか」

「なぜ、この順番なのか」

そこには、相手が理解しやすい構造がありました。

僕自身、頭の中では直感や連想で考えることが多いと思っています。

自分の感覚を表すなら、考えるときは右脳的。

一方で、人に伝えるときは左脳的に整理する。

もちろん、これは脳科学としての分類ではなく、あくまで自分の思考感覚を表した比喩です。

僕が『考える技術・書く技術』から身につけたのは、自由に考えることをやめる方法ではありません。

むしろ逆でした。

頭の中は自由でいい。相手に渡すときだけ、論理に翻訳すればいい。

この記事で伝えたいことは、一つだけです。

伝えるとは、自分の考えを相手に渡すことではありません。相手の頭の中を整理することです。

必要なことを全部説明しても、相手に伝わるとは限らない

僕たちは、「伝える」という行為を話し手側から考えがちです。

ちゃんと説明したか。

必要な資料を用意したか。

数字を入れたか。

聞かれそうな質問に答えたか。

もちろん、どれも大切です。

でも、そのチェックだけでは「伝わったか」は分かりません。

なぜなら、

説明は話し手の行動であり、理解は聞き手の頭の中で起きることだからです。

たとえば、ある商品を提案するとします。

機能。

価格。

導入期間。

導入事例。

ROI。

セキュリティ。

競合との差。

これらを一つずつ丁寧に説明する。

説明する側からすれば、かなり充実した提案です。

でも聞き手側では、別のことが起きているかもしれません。

「この話で一番重要なのは何だろう」

「価格とROIは、どう比較すればいいのだろう」

「導入事例は機能の話なのか、効果の話なのか」

「結局、今日決めるべきことは何なのか」

情報は入ってきている。

でも、情報の置き場所がない。

すると相手は、話を聞きながら同時に整理作業までしなければなりません。

さらに説明する側が焦って情報を追加すれば、相手の頭の中はもっと混雑します。

だから僕は、分かりやすさを「説明量」で考えない方がいいと思っています。

短ければ分かりやすいとも限らない。

詳しければ分かりやすいとも限らない。

大切なのは、

相手が情報同士の関係を理解できるか。

ここです。

言い換えれば、

分かりやすい人とは、説明が上手な人というより、

相手に整理作業をさせない人

なのだと思います。

大学生の僕に、この本は「仕事の見え方」を教えてくれた

『考える技術・書く技術』は、僕にとって思い出の深い本です。

大学生の頃、インターン初日に役員から課題図書として渡されました。

当時は、まだビジネスの世界をほとんど知りません。

だから、この本に書かれていることを最初から全部実感できたわけではありません。

それでも読む。

その後、インターンで実際の資料を見る。

プレゼンを見る。

仕事の進め方を見る。

そこで、また本を読み返す。

すると最初に読んだときには単なる「文章のルール」に見えていたものが、現実の仕事とつながり始めました。

提案資料を見るときも、

「何が書いてあるか」

だけではなく、

「なぜこのページが最初なのか」

を見るようになりました。

見出しを読む。

順番を見る。

一つ上のメッセージと、その下の根拠を見る。

「この3つは、なぜ同じグループに置かれているんだろう」

と考える。

最初は、資料に書かれた内容を理解するだけでした。

でも繰り返し本と実務を往復するうちに、

資料そのものではなく、資料を作った人の思考を見る

感覚が少しずつ身についたんです。

同じスライドを見ても、

「この数字は何を意味する?」

「なぜ次のページでこの話になる?」

「このページの結論は、その前の事実から本当に言える?」

という見方ができる。

ただ受け取る側から、設計を見る側へ少しずつ変わっていった。

プレゼンでも同じでした。

話がうまいかどうかだけではない。

最初にどんな状況を置き、どこで問題を感じさせ、どこで答えを出しているかを見る。

そして、世の中のCMにも似た構造が見えてきました。

短い時間の中で、

「こんな状況があります」

「でも、こんな困りごとがあります」

「では、どうすればいいでしょう」

「その答えがこの商品です」

という流れをつくる。

もちろん、すべてのCMが同じ型ではありません。

でも、

相手に何を考えさせ、どの順番で答えへ連れていくか

が設計されていることに気づくと、広告の見え方まで変わりました。

この経験が僕には大きかった。

『考える技術・書く技術』は、僕に「資料の作り方」だけを教えたのではありません。

仕事で目にするアウトプットの、

裏側にある設計を見る視点

を教えてくれたんです。

だから今でも、この本を単なるロジカルシンキングの入門書とは思っていません。

僕にとっては、ビジネスの世界で「伝える」ということを考えるための、かなり根っこの一冊です。


ミントが教えたのは「うまく話す方法」ではなく、相手が理解できる順番だった

この本が面白いのは、そもそもの出発点です。

バーバラ・ミントは、マッキンゼーでレポートを扱う中で、ある問題に気づきました。

文章がうまくないことだけが問題ではない。

その前に、

書く本人の思考が、まだ整理されていない。

だから文章も分かりにくくなる。

つまり、表面上は「書く技術」の問題に見えても、その奥には「考えをどう構造化するか」という問題があった。

ここからピラミッド原則が生まれます。

バーバラ・ミントといえば、ピラミッド原則が有名です。

上にメッセージがあり、

その下に理由があり、

さらにその下に事実やデータがある。

この形だけを見ると、

「つまり、結論から話せばいいんでしょ」

と思うかもしれません。

でも僕は、この理解だけだと本書の価値をかなり小さくしてしまうと思っています。

ピラミッド原則の面白さは、

話し手が整理されること以上に、聞き手が迷わなくなること

にあります。

たとえば、

「このプロジェクトは進めるべきです」

と最初に言う。

すると相手の頭には自然に、

「なぜ?」

という問いが生まれます。

そこで直下に、

「理由は3つあります」

と続く。

すると相手は、

「今から、その理由を聞けばいいんだな」

と分かります。

一つ目の理由を説明する。

すると、その理由を補強するデータを置く。

上から下へ進むときは、

「なぜ?」

でつながる。

逆に下から上を見ると、

「だから何?」

でつながる。

データA。

データB。

データC。

「だから、この問題が起きている」

と上位の意味へまとめる。

これが縦の論理です。

横の論理も同じです。

同じ階層には、同じ種類のものを置く。

「売上が落ちている原因は3つあります」

と言ったなら、その下には原因を並べる。

一つ目は原因。

二つ目は対策。

三つ目は感想。

では、相手は混乱します。

話し手からすると全部重要な情報です。

でも聞き手からすると、

「今、何について整理しているの?」

となる。

だから、

同じ問いに対する答えは、同じ種類で揃える。

これも相手の頭を整理するための技術です。

さらに、本書にはSCQという考え方があります。

Situation。

Complication。

Question。

そして、その問いへのAnswer。

まず状況を共有する。

「これまではこうでした」

次に変化や問題を置く。

「でも、こんなことが起きています」

すると相手の頭に、

「では、どうすればいいのか?」

という問いが自然に生まれます。

そこで答えを出す。

僕は、このSCQが今回の記事のテーマとかなり深くつながっていると思っています。

答えをいきなり投げ込むのではない。

相手の頭の中に、その答えを理解するための問いを先につくる。

相手が知りたいと思った瞬間に答えを渡す。

だから伝わる。

これは単なる文章テクニックではありません。

相手の思考の順番を設計する技術です。

『考える技術・書く技術』の要点を一言でまとめるなら、

「結論から話そう」

だけではない。

相手が今どこを考えているのかを迷わせない。

そのために、結論、理由、グループ、問い、順番を設計する。

これこそが、ミントの技術の強さだと思います。


分かりやすい説明は、相手の頭の中に「情報の置き場所」をつくっている

僕はこの考え方を、頭の中に「棚」をつくることだと考えています。

相手に6個の情報を渡すとします。

機能。

価格。

導入期間。

ROI。

導入事例。

セキュリティ。

そのまま6個説明すると、聞き手は一つずつ受け取りながら、

「これは何の話だろう」

と分類しなければなりません。

では、最初にこう言ったらどうでしょう。

「今回、判断いただきたいポイントは3つです」

①効果
②実現可能性
③リスク

先に、この3つを置く。

そのあとで、

ROIと導入事例は「効果」。

機能と導入期間は「実現可能性」。

価格やセキュリティは「リスク」。

と整理して渡す。

情報の量はほぼ同じです。

でも、聞き手の体験は違います。

新しい情報が来たとき、

「これは①の話だな」

「今は②を聞いているんだな」

と、自分の中に置ける。

これがグルーピングの力です。

そして、グループをつくったら終わりではありません。

次に必要なのが、

「だから何?」

です。

たとえば、

複数の顧客が価格について懸念している。

別の顧客も費用対効果を気にしている。

さらに競合との価格差も指摘されている。

これを、

「顧客Aは価格を気にしている」

「顧客Bも価格を気にしている」

と並べただけでは、まだ情報です。

そこから、

「だから何が言える?」

と一段上げる。

すると、たとえば、

「価格そのものより、価格に見合う価値を伝え切れていない可能性がある」

という上位のメッセージが見えてくるかもしれません。

これが要約です。

僕は、

情報を横に並べるだけでは整理。そこから意味を一段上げて初めて思考になる

と思っています。

ただし、今回の記事ではこの「だから何?」を自分のためだけに使うのではありません。

最終的には、

相手に渡すメッセージを、相手が理解できる高さまで磨くために使う。

自分の頭の中で集めた情報を、

そのまま相手へ流さない。

一度束ねる。

意味を取り出す。

相手が理解できる順番へ並べる。

これが僕にとっての「論理への翻訳」です。

だから分かりやすい説明とは、情報を減らすことでも、言葉を簡単にすることだけでもありません。

相手が情報をどこに置けばいいか分かる状態をつくること。

それが大切なんだと思います。

『十二人の怒れる男』は、相手を説得するのではなく「考えられる順番」をつくっていた

今回の考え方を、直感的に理解しやすい作品があります。

映画『十二人の怒れる男』です。

12人の陪審員が、ある事件について評決を考える。

多くの陪審員は、最初から一つの結論へ傾いています。

でも、一人が立ち止まる。

重要なのは、その人物がいきなり、

「自分が正しい」

と押し切らないことです。

一つの証言を考える。

次に、その証言が成立する条件を考える。

別の事実を見る。

また問いを出す。

一つずつ、考え直せる材料を置いていく。

すると他の陪審員たちは、誰かの答えをそのまま受け入れるのではなく、

自分の頭で情報を組み替え始めます。

ここが今回の記事とつながります。

相手を動かす方法というと、

強い言葉。

巧みな説得。

圧倒的なデータ。

そんなものを想像しがちです。

でも、必ずしも答えを押し込む必要はない。

相手の頭に、

「本当にそうだろうか」

「では、この事実はどう考える?」

という問いを置く。

つまり、

相手が考えられる順番をつくる。

これは、ミントのSCQにも似ています。

SituationとComplicationがある。

そこからQuestionが生まれる。

そしてAnswerへ進む。

良いコミュニケーションは、答えの質だけでなく、

相手の中にどんな問いを生み出すか

まで設計されている。

僕は『十二人の怒れる男』を見ると、「説得する」と「理解してもらう」は違うのだと感じます。

相手の頭の中を無理やり塗り替えるのではない。

一つずつ整理できる道をつくる。

結果として相手自身が、

「なるほど。そういうことか」

とたどり着く。

それが、本当に伝わる状態なのだと思います。

営業で本当に必要なのは、情報提供ではなく「意思決定できる状態」をつくることだ

この考え方は、今の僕の仕事である営業にも強くつながっています。

僕は営業を、

お客様の意思決定をプロデュースする仕事

だと考えています。

営業の仕事は、商品について一番詳しく説明することではありません。

もちろん、商品知識は必要です。

でも、顧客が最終的に動くためには、商品情報だけでは足りません。

どんな効果があるのか。

何と比較すべきなのか。

どんなリスクがあるのか。

導入には何が必要なのか。

誰が社内で意思決定するのか。

稟議では何を説明するのか。

導入後はどう進めるのか。

相手の会社には、相手の会社なりの意思決定構造があります。

ここで営業が、

「機能はこれです」

「事例はこれです」

「価格はこれです」

と説明して終わる。

それでは、情報提供者です。

そこから一歩進んで、

「今回、判断すべき論点はこの3つです」

「効果はここを見てください」

「実現可能性はこの条件で考えます」

「リスクはここまで対策できます」

と整理する。

すると相手は、判断しやすくなります。

この違いは大きい。

僕が理想だと思っているのは、

営業が帰ったあとも、提案が顧客の社内で自走すること。

自分が会議室にいなくても、

担当者が上司へ説明できる。

その上司が別の部署へ説明できる。

経営層から質問されても、判断軸に戻って話せる。

これができる資料は強い。

なぜなら、提案資料が「営業の説明を補助する紙」ではなく、

顧客の意思決定を支える構造

になっているからです。

逆に言えば、営業本人がいないと意味が通じない資料は、まだ相手のものになっていません。

営業の頭の中では分かっている。

説明を聞けば理解できる。

でも担当者が社内で再現できない。

それなら、理解は営業側に残ったままです。

本当に伝わったかどうかは、

相手が自分の言葉で説明し直せるか

を見ると分かりやすい。

僕はここが、ミントの考え方と営業の仕事が最も深くつながるところだと思っています。

相手の頭の中に整理された構造が残れば、

営業がいなくても議論が続く。

比較できる。

判断できる。

次の人へ伝えられる。

伝えることの最終地点は、

「自分の話を理解してもらった」

ではなく、

相手が自分で考え続けられる状態をつくること

なのだと思います。

僕は学生時代、資料の構造を見ることを『考える技術・書く技術』から学びました。

そして今は、営業としてその構造を使う側にいます。

このつながりを考えると、この本を何度も読み返した意味が自分の中でもよく分かります。

文章を書くための技術として覚えていたら、ここまで長く残らなかったと思うんです。

相手がどう理解し、

どう判断し、

どう次の人へ説明するのか。

そこまで考える。

だから、仕事が変わっても使える。

僕は、頭の中では自由に考え、相手に渡すときだけ論理へ翻訳する

ロジカルシンキングという言葉を聞くと、

「頭の中から論理的でなければいけない」

と思う人もいるかもしれません。

僕は、そうは思っていません。

自分自身を振り返ると、考えている最中はかなり自由です。

何かを見て、

「あれとつながりそうだ」

と思う。

突然、別のアイデアが浮かぶ。

理由はまだ説明できないけれど、違和感を覚える。

そこから仮説をつくる。

こういう思考は、必ずしも一直線ではありません。

僕の感覚を表現するなら、

考えるときは右脳的。

コミュニケーションするときは左脳的。

そんな感じです。

繰り返しますが、これは脳の機能を科学的に分類しているわけではありません。

僕自身の「発散」と「収束」の感覚を表した比喩です。

大切なのは、

思考と伝達を分けること。

考えるときは、自由でいい。

アイデアを飛ばしていい。

連想していい。

矛盾していてもいい。

まだ結論がなくてもいい。

でも相手に渡す段階では、そのままではいけない。

相手は、自分と同じ思考過程を共有していないからです。

自分の頭の中では、

Aを考えて、

突然Fへ飛んで、

Bを思い出し、

そこからCへ戻って、

最後にDが見えた。

自分には意味がある。

でも相手に、

A→F→B→C→D

のまま話せば、

「何の話?」

となります。

そこで翻訳する。

最終的に何を伝えたいのか。

その理由は何か。

理由はいくつのグループに分かれるか。

相手が途中でどんな疑問を持つか。

どの順番なら理解できるか。

考えた順番ではなく、

相手が理解できる順番

へ組み替える。

僕は、この考え方を身につけたことで、論理と発想を敵同士だと思わなくなりました。

自由な発想を守りながら、

人に渡すときには構造化する。

だから、

論理的コミュニケーションを身につけるために、直感を捨てる必要はありません。

むしろ、

自由に考えられることと、論理的に伝えられることの両方を持てる。

それが一番強いと思っています。


AIで文章がつくれる時代ほど、「相手がどう理解するか」の設計が重要になる

今はAIを使えば、文章そのものを作るスピードは大きく上がりました。

要約。

分類。

メールの文章。

提案資料のたたき台。

いろいろな作業を速くできます。

では、『考える技術・書く技術』のような本は不要になるのか。

僕は逆だと思っています。

文章を作れること自体が簡単になるほど、

何を、誰に、どの順番で理解してもらうのか

という設計の価値が上がる。

AIに、

「これを分かりやすく書いて」

と頼めば、整った文章は出てきます。

でも、その前に考えることがあります。

相手は何を知っているのか。

何に困っているのか。

何を誤解しているのか。

今回、何を判断しなければならないのか。

最後に何を一つ持ち帰ってほしいのか。

この部分が曖昧なら、

文章だけがきれいでも伝わりません。

AIで文章を作る速度が上がる。

だからこそ人間は、

「この情報をどう並べれば、相手の頭の中で理解が進むか」

をより深く考える必要がある。

僕はそこに、ミントの考え方が今も古びない理由があると思っています。

「書く技術」だけを見ると、AIに置き換わるように見える。

でも、

相手の理解を設計する技術

として読むと、むしろ重要性は増している。

そんなふうに感じます。

明日からは、「何を話すか」より先に「相手の頭に何を残すか」を決める

では、明日から何を変えればいいでしょうか。

『考える技術・書く技術』には、多くの考え方があります。

ピラミッド。

縦の論理。

横の論理。

グルーピング。

SCQ。

全部一度に使おうとすると、逆に難しくなります。

僕なら、まず3つだけやります。

1. 相手の頭に残す一つを決める

資料を開く前。

メールを書く前。

会議で話す前。

まず、

「このコミュニケーションが終わったとき、相手の頭に何が一つ残っていてほしいか?」

を決めます。

「全部分かってほしい」

は一つではありません。

一文にする。

これが最上段です。

2. 根拠を2〜3個の塊にする

次に、

「なぜそう言えるのか」

を考える。

そして、思いついた情報をそのまま並べない。

同じ種類をまとめます。

理由が5個あるなら、本当に5個なのか。

2つか3つの意味の塊にできないか。

そこで「だから何?」を使う。

この情報群から、一段上では何が言える?

そうやって、相手が置きやすい棚をつくります。

3. 相手の頭で「なぜ?」「それで?」「どう判断する?」を確認する

最後に、自分が書いたものを自分の目線で確認しない。

相手になったつもりで見る。

この結論を聞いたら、

「なぜ?」

と思わないか。

その理由を聞いたら、

「それで?」

と思わないか。

最後まで読んだあと、

「結局、何を判断すればいい?」

となっていないか。

さらにSCQで考えてみてもいい。

相手が置かれている状況は何か。

何が変わって困っているのか。

その結果、相手の頭にどんな問いが生まれるのか。

自分の答えは、その問いに答えているか。

この3つだけでも、かなり変わります。

話し始めてから整理するのではない。

資料を作り終えてから順番を直すのでもない。

最初に相手の頭の流れを設計する。

ここがポイントです。

『考える技術・書く技術』は、一度読めばすべて身につく本ではありません。

僕自身、大学生のインターン初日に手にしてから、何度も読み返しました。

仕事を知らないときに読む。

仕事を経験してから読む。

提案資料を作るようになってから読む。

営業として顧客の意思決定を考えるようになってから読む。

同じ本なのに、見えるところが変わってきました。

だから僕にとっては、一度読んで終わる本ではありません。

資料や説明で迷ったときに戻る本です。


大学生だった僕は、この本を読んだあと、提案資料やプレゼンやCMの「表面」だけではなく、その裏側を見るようになりました。

何を先に置くのか。

何を同じグループにするのか。

どんな問いを相手に持たせるのか。

どこで答えを出すのか。

今も仕事をしていて、この視点は残っています。

大学生のインターン初日に渡された一冊が、

今の仕事でも使っている「伝える」の土台になっている。

そう考えると、自分にとってこの本が思い出深い理由もよく分かります。

伝えるとは、自分の知識を披露することではない。

情報を全部渡すことでもない。

ただ短く話すことでもない。

相手が、

「なるほど。つまり、こういうことか」

と自分の頭で整理できる状態をつくることです。

だから、まず自分の頭を型にはめる必要はありません。

考えるときは自由でいい。

連想していい。

ひらめいていい。

寄り道していい。

でも、相手に渡す瞬間には、

自分が考えた順番ではなく、

相手が理解できる順番へ翻訳する。

僕が『考える技術・書く技術』から学び、大学生の頃から今まで使い続けているのは、その考え方です。

頭の中は自由でいい。相手に渡すときだけ、論理に翻訳すればいい。

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